2024年(令和6年)大相撲5月場所は、5月12日(日)に東京両国国技館で初日を迎え、若手力士が活躍した熱戦が繰り広げられました。
全国の熱心な大相撲ファンには、楽しみな15日間でしたね。
テレビ桟敷で観戦していた大相撲ファンも楽しめた5月場所でした。
この記事では、2021年(令和3年)7月場所に十両復帰した魁勝関の力士情報をお伝えします。
2021年(令和3年)1月場所から安定した成績を残し、2022年(令和4年)1月場所では東十両5枚目まで番付を上げています。
3月場所では5勝10敗と不本意な成績で終わりました。
巻き返しを図った5月場所、惜しくも7勝8敗と残念な成績でした。
7月場所では感染症の影響もあり、5勝7敗3休の成績で場所を終えています。
番付は据え置かれましたが、9月場所では7勝8敗と負け越しとなってしまいました。
西十両10枚目で臨んだ11月場所、5勝10敗と負け越し番付を下げています。
2023年(令和5年)1月場所は5勝10敗と大きく負け越し、幕下へ陥落してしまいました。
3月場所では3勝4敗と負け越し、巻き返しはなりませんでした。
番付も西幕下9枚目に落としています。
2024年(令和6年)に入り、3場所続けて勝ち越しており番付も西幕下14枚目まで戻してきました。
今後も活躍が期待できる魁勝関の彼女や父親、出身高校についても紹介します。
併せて、四股名の由来についてもお届けします。
今回は「魁勝」関の以下の情報について調査したので皆様へお届けします。
・魁勝の彼女はいるの?どんな人?
・魁勝の父親は?柔道を教えてもらっていた?
・魁勝の出身高校はどこ?柔道の大会成績は?
・魁勝の四股名由来は?
魁勝の力士情報!
魁勝関の力士情報をお伝えします。
高校時代は柔道100kg級の選手でしたが、2013年高校卒業後大相撲の世界へ飛び込み3月に初土俵を踏んでいます。
高校3年時には、国民体育大会少年の部最終選考会で2位の成績を残しています。
2013年3月場所、友綱部屋から土俵デビューをしています。
2014年2月、15代浅香山親方(元大関・魁皇)が独立し浅香山部屋を創設したため、浅香山部屋所属の力士となりました。
本多 旦祈 (ほんだ あさき) | |||
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平成25年3月 | 前相 | 2勝0敗 | 177センチ 121キロ 格デビュー |
魁将 旦祈 (かいしょう あさき) | |||
平成25年5月 | 西口6 | 4勝3敗 | 格デビュー |
平成25年7月 | 東二65 | 3勝4敗 | 格デビュー |
平成25年9月 | 西二82 | 6勝1敗 | |
平成25年11月 | 西二10 | 0勝0敗7休 | 177センチ 120キロ 新しい最高位 |
平成26年1月 | 西二80 | 0勝0敗7休 | |
平成26年3月 | 西口11 | 4勝3敗 | |
平成26年5月 | 東二65 | 6勝1敗 | |
平成26年7月 | 西三92 | 3勝4敗 | 格デビュー |
魁盛王 旦祈 (かいせいおう あさき) | |||
平成26年9月 | 西二13 | 6勝1敗 | |
平成26年11月 | 西三51 | 5勝2敗 | 新しい最高位 |
平成27年1月 | 西三22 | 4勝3敗 | 新しい最高位 |
平成27年3月 | 東三7 | 4勝3敗 | |
平成27年5月 | 西下56 | 4勝3敗 | 格デビュー |
平成27年7月 | 東下46 | 5勝2敗 | 新しい最高位 |
平成27年9月 | 西下29 | 2勝5敗 | 新しい最高位 |
平成27年11月 | 西下47 | 4勝3敗 | |
平成28年1月 | 東下38 | 0勝1敗6休 | |
平成28年3月 | 西三18 | 5勝2敗 | |
平成28年5月 | 西下56 | 6勝1敗 | |
平成28年7月 | 西下24 | 4勝3敗 | 新しい最高位 |
平成28年9月 | 西下18 | 2勝5敗 | 新しい最高位 |
平成28年11月 | 東下31 | 0勝7敗 | |
平成29年1月 | 西三6 | 5勝2敗 | |
平成29年3月 | 西下46 | 5勝2敗 | |
平成29年5月 | 西下35 | 2勝5敗 | |
平成29年7月 | 西下55 | 5勝2敗 | |
平成29年9月 | 東下37 | 2勝5敗 | |
平成29年11月 | 東下56 | 3勝4敗 | |
魁勝 旦祈 (かいしょう あさき) | |||
平成30年1月 | 西三8 | 7勝0敗 優 | |
平成30年3月 | 西下12 | 2勝5敗 | 新しい最高位 |
平成30年5月 | 西下26 | 2勝5敗 | |
平成30年7月 | 東下42 | 4勝3敗 | |
平成30年9月 | 東下34 | 6勝1敗 | |
平成30年11月 | 西下13 | 5勝2敗 | |
平成31年1月 | 東下7 | 4勝3敗 | 新しい最高位 |
平成31年3月 | 東下4 | 3勝4敗 | 新しい最高位 |
令和元年5月 | 西下7 | 4勝3敗 | |
令和元年7月 | 西下4 | 4勝3敗 | |
令和元年9月 | 西十14 | 8勝7敗 | 格デビュー |
令和元年11月 | 東十11 | 5勝10敗 | 新しい最高位 |
令和2年1月 | 東下1 | 2勝5敗 | |
令和2年3月 | 東下9 | 4勝3敗 | |
令和2年7月 | 東下6 | 5勝2敗 | |
令和2年9月 | 東下3 | 3勝4敗 | |
令和2年11月 | 東下7 | 2勝5敗 | |
令和3年1月 | 西下13 | 5勝2敗 | |
令和3年3月 | 西下7 | 5勝2敗 | 182センチ 155キロ |
令和3年5月 | 西下2 | 6勝1敗 | |
令和3年7月 | 東十13 | 11勝4敗 | |
令和3年9月 | 西十4 | 8勝7敗 | 新しい最高位 |
令和3年11月 | 西十2 | 5勝10敗 | 新しい最高位 |
令和4年1月 | 西十5 | 8勝7敗 | |
令和4年3月 | 西十4 | 5勝10敗 | |
令和4年5月 | 東十9 | 7勝8敗 | |
令和4年7月 | 東十9 | 5勝7敗3休 | |
令和4年9月 | 西十9 | 7勝8敗 | |
令和4年11月 | 西十10 | 5勝10敗 | |
令和5年1月 | 東十13 | 5勝10敗 | |
令和5年3月 | 西下4 | 3勝4敗 | |
令和5年5月 | 西下9 | 4勝3敗 | |
令和5年7月 | 西下6 | 4勝3敗 | |
令和5年9月 | 東下3 | 2勝5敗 | |
令和5年11月 | 東下10 | 1勝6敗 | |
令和6年1月 | 東下29 | 4勝3敗 | |
令和6年3月 | 西下23 | 5勝2敗 | |
令和6年5月 | 西下14 | 4勝3敗 |
魁勝の力士情報!プロフィール
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魁勝関のプロフィールです。
元大関・魁皇が開いた浅香山部屋第1号の関取です。
柔道に明け暮れていた高校時代と違い、大相撲の世界では基礎から一つ一つ教え込まれ、壁にぶつかりながら成長してきました。
今後の活躍が楽しみです。
名前 | 魁勝旦祈 |
読み方 | かいしょうあさき |
生年月日 | 1995年1月28日 |
年齢 | 29歳 |
出身地 | 愛知県西尾市 |
学歴 | 愛知産業大学三河高等学校 |
身長 | 182cm |
体重 | 155kg |
職業 | 大相撲力士 |
所属部屋 | 浅香山部屋 |
魁勝の力士情報!戦績(成績)
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魁勝関の戦績(成績)を紹介します。
令和元年9月場所に新十両として8勝7敗と勝ち越しました。
残念ながら、翌11月場所では5勝10敗と大きく負け越し幕下へ番付を下げてしまいました。
その後しばらく足踏みが続きましたが、令和3年7月場所は十両復帰の場所となり、11勝4敗と好成績をあげています。
現在は西幕下14枚目で頑張っています。
生涯戦績 | 278勝257敗23休/533出(67場所) |
十両戦績 | 79勝98敗3休/176出(12場所) |
幕下戦績 | 137勝130敗6休/266出(39場所) |
三段目戦績 | 33勝16敗/49出(7場所)、1優勝 |
序二段戦績 | 21勝7敗14休/28出(6場所) |
序ノ口戦績 | 8勝6敗/14出(2場所) |
前相撲戦績 | 1場所 |
魁勝(かいしょう)の彼女はいるの?どんな人?
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魁勝関の彼女はいるのか、どんな人か気になりますね。
彼女の存在についての情報はありませんでした。
魁勝関は関取に昇進するまでに、2度引退を考えたことがあったそうです。
その都度慰留され、「続けていれば良いことがある」と信じて相撲と向き合った、とのこと。
彼女についてにの情報は、まだ先のようですね。
魁勝の父親は?柔道を教えてもらっていた?
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魁勝関の父親について、子供の頃父親から柔道を教えてもらっていた、との情報がありました。
父親についての情報はありませんでしたが、幼少期から父親に柔道を教えてもらっていたようです。
小学生時代には、柔道場に通って練習をしていたとのことですが、6年時には相撲界への勧誘を受けていたそうです。
その頃から立派な体格をしていたのでしょうね。
魁勝の出身高校はどこ?柔道の大会成績は?
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魁勝関の出身高校はどこなのか、柔道の大会成績についても調べてみました。
出身高校は、愛知産業大学三河高校です。
3年生の時に、国民体育大会少年の部最終選考会100kg級の2位になっています。
「三河のターミネーター」と呼ばれていたとか。
高校時代の柔道成績については、詳細な情報はこれ以外にはありませんでした。
大学の推薦入学の勧誘を断って相撲界に飛び込んでいます。
魁勝の四股名由来は?
<三日目の様子>
十両取組。
魁勝(2勝1敗) 上手投げ 王鵬(3敗)。#sumo #相撲 #九月場所 #秋場所 pic.twitter.com/fXO4rPnLKD— 日本相撲協会公式 (@sumokyokai) September 14, 2021
魁勝関の四股名の由来が気になり調べてみました。
初土俵は2013年3月場所です。
本名「本多」で前相撲をとり、序ノ口に上がった翌場所から「魁将」と改名しています。
2014年9月場所から「魁盛王」と改名しています。
2018年1月場所から、父親の名前から1字をもらって「魁勝」と改名すると、この場所7戦全勝で三段目優勝を果たしています。
縁起の良い四股名となり、2019年9月場所で新十両昇進を果たしています。
魁勝の力士情報まとめ
今回は「魁勝」関の以下の情報について調査したので皆様へお届けしました。
・魁勝の彼女はいるの?どんな人?
・魁勝の父親は?柔道を教えてもらっていた?
・魁勝の出身高校はどこ?柔道の大会成績は?
・魁勝の四股名由来は?
いかがだったでしょうか?
この記事で紹介した魁勝関は、2019年部屋を創設して5年が経過した浅香山部屋から誕生した初の関取です。
現在、十両から陥落し幕下での相撲が続いています。
2024年(令和6年)は順調に番付を戻しています。
魁勝関の土俵から目が離せませんよ。
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