2021年1月3日の箱根駅伝復路10区で最後の最後で首位交代を達成し、見事総合優勝となった駒澤大学!すごかったですよね。
今回1区は15位と決して良い滑り出しではないにもかかわらず、最後は総合優勝に至った要因の一つとして、2005年から就任している大八木弘明監督の檄(げき)のおかげで選手が力強く、かつ粘り強い走りのパフォーマンスができたのではないでしょうか?
そこで、大八木弘明監督の経歴とプロフィールを調べてみたところ、苦学生だった現役時代ながらそれでも結果を出し続けていたことは驚きです。
また、大八木弘明監督に嫁妻や子供など家族構成についても調べてみました。
今回は駒澤大学の大八木弘明監督に関する以下の情報をお届けします。
・嫁妻と子供など家族構成
大八木弘明監督・駒沢大学監督の経歴
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経歴の概略は以下の通り。
福島県立会津工業高等学校→小森印刷(現・小森コーポレーション)に就職→駒澤大学経済学部2部(夜間部)に入学し、川崎市役所で働きながら勉学と練習して箱根学園に出場する。→実業団(ヤクルト所属)コーチ兼選手→駒澤大学コーチ→駒澤大学助監督→駒澤大学監督(現在)
1958年7月30日
福島県河沼郡河東町で生まれる。
1971年 中学校時代
陸上競技にのめり込むようになったのは会津高田一中(現 会津美里町)2年の時。校内マラソンで優勝したのがきっかけだった。
中学校入学当初は、体重も100kg近くあり「ドラムカン」とあだ名されていたが、福島県駅伝常勝の陸上部で練習を積み重ね、中学3年時にはジュニアオリンピックの前身であるジュニア選手権3000mにて全国5位の実績を築いた(9分09秒6)。
1974年 高校時代
福島県立会津工業高等学校在籍時にはインターハイへの出場を夢見るも、走りすぎによる故障(疲労骨折)と貧血に苦しめられる3年間を過ごすこととなった。
1977年 社会人
家庭の事情により大学進学も諦めざるを得なかった。高校卒業後、小森印刷(現・小森コーポレーション)に就職。早朝や昼休みを利用して練習に明け暮れる日々を送った。理由は「箱根を走りたかったこと、(陸上選手として)上を目指したかったから」であった。
1983年 大学時代
24歳になり駒澤大学経済学部2部(夜間部)に入学し、昼は川崎市役所で働きながら勉学と練習に励んだ。徐々に頭角を現し始め、関東インカレ(2部)をはじめ、様々な大会で好成績を残した。箱根駅伝に3回出場し、好成績をおさめた。
1987年 実業団で選手兼コーチ
大学時代の成績を評価されてヤクルトに入社。陸上競技部にてコーチ兼選手として実業団選手人生を送った。
1995年4月 駒澤大学でコーチ
母校・駒澤大学の陸上競技部のコーチに就任。打診を受けたとき相当迷ったものの、「母校に恩返しをしたい」との理由から低迷に次ぐ低迷にあえいでいた陸上競技部の建て直しに着手する。大八木就任以降の駒澤大の成績は飛躍的に向上した。
2002年 駒澤大学で助監督
コーチとしての指導力を高く評価され2002年4月、駒澤大学陸上競技部の助監督に就任
2004年 駒澤大学で監督
監督となり、監督になってから箱根駅伝は6回優勝します。
大八木弘明監督・駒沢大学監督の現役時代・駒澤大学編
大八木弘明監督は箱根駅伝で以下のような実績を大学時代に残していました。
昼は川崎市役所で働きながら、そして夜間部で勉強も行いながら陸上の練習を続けて上記のような実績を成し遂げたのです。
大八木弘明監督・駒沢大学監督の現役時代・実業団編
大八木弘明監督は大学卒業後、ヤクルトで選手兼コーチとして招かれて駒澤大学コーチ就任する1995年まで走り続けたようです。
実績については未公開なので、分かり次第、アップデートしたいです。
大八木弘明監督・駒沢大学監督のプロフィール
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名前 | 大八木 弘明 |
読み方 | おおやぎ ひろあき |
出身地 | 福島県会津若松市河東町 |
生年月日 | 1958年7月30日 |
年齢 | 62歳(現在 2021年1月時点) |
出身高校 | 福島県立会津工業高等学校 |
出身大学 | 駒澤大学 |
大八木弘明監督・駒沢大学監督の嫁妻や子供の家族構成は?
【陸上】
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— 駒大スポーツ (@komaspoofficial) December 28, 2018
大八木弘明監督の奥様である大八木京子さんは駒澤大学陸上競技部の寮母として、25年間もの間監督や選手を支え続けてくれています。
また、子供は2人の娘さんがいらっしゃるようです。
長女の大八木亜紀さんは現在16歳です。
そんな大八木亜紀さんが小学3年生(9才)のとき、2013年の祝勝会にて、箱根駅伝を走った松下龍治(エース 花の2区)、島村清孝(9区で区間賞)の胸で大泣きしたといったエピソードがあります。
というのも普段から寮で選手たちと過ごし、一緒にゲームしたりテレビみたり食事したりと行動をともにしてまさに家族のように接していたからこそ、自分のことのように嬉しくなり大泣きしてしまったようです。
まとめ
今回は大八木弘明監督に関する以下の情報をお届けしました。
・嫁妻と子供など家族構成
いかがだったでしょうか。
今回の97回(2021年)の箱根駅伝は15位からスタートしたにもかかわらず、そこから挽回した駒澤大学選手もすごいですが、そこを精神的に支えるよう檄を飛ばし続けた大八木弘明監督もまさに功労者だと言える。
現役時代の経験が今の指導者としての実力に裏付けされているのかもしれませんね。
また、熱血教師で有名ですが、最近は現代っ子に合わせた指導をするため、今ではおじいちゃんみたいだと選手たちに言われているそうです。
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