2020年8月2日の「ザ・ノンフィクション」に500円食べ放題で大人気の食堂「はっちゃんショップ」を一人で営む85歳の田村はつゑさん(通称:はっちゃん)が出演します。
田村はつゑさんは「はっちゃんショップ」を22年間経営しており、毎月7〜8万円の赤字が100%発生して年金から補填している状況でも田村さんはなぜか笑顔が絶えず元気いっぱいに経営し続けています。その背景には田村さんの壮絶な幼少期と57歳に経験した修学旅行での出来事があるようで番組でも紹介されるようです。そんな田村さんのプロフィールと経歴について気になるところですね。
今回の記事は田村はつゑさんのプロフィールと壮絶な経歴(継母からのいじめ、夫の不倫など)についてまとめます。また、田村さんが経営している赤字覚悟の500円食べ放題食堂の「はっちゃんショップ」についても紹介します。田村さんがどのような壮絶な過去があったのか、そしてどういった経緯で思いでお店を経営したのか明らかにします。
田村はつゑ(はっちゃん)のプロフィール
たしかに貧乏だったけど、大事にしてもらってたよ。お母さんは勤め先から端切れをもらってきては、オレのお正月の服を夜なべして縫ってくれたーー
田村はつゑさん、夫の遺族年金を当てて食堂経営20年 – @jisinjphttps://t.co/dfWxkxwAaS
#シリーズ人間 #食堂 #はっちゃんショップ #女性自身 pic.twitter.com/vlcq148YXp
— 女性自身【公式】 (@jisinjp) March 17, 2018
500円食べ放題で大人気の食堂「はっちゃんショップ」を一人で営む84歳の田村はつゑさん(通称:はっちゃん)は壮絶な幼少期を過ごしているようです。そんな田村さんのプロフィールと経歴について紹介します。
名前 | 田村はつゑ(通称:はっちゃん) |
生年月日 | 1935年X月X日 |
年齢 | 85歳 |
出身地 | 群馬県桐生市 |
職業 | 「はっちゃんショップ」の経営者 |
85歳で一人で飲食店を経営されているため、田中さんのパワーの源が気になりますね。
田村はつゑ(はっちゃん)の経歴
出生、母の永眠
1935年に機織り機の修理を仕事にする父・留吉さんと機屋で働く母・サラさんの間に田中さんは生まれ、貧しいながらも愛情いっぱいに育てられていました。そこから、1938年の渡良瀬川氾濫で家を失い、1941年の太平洋戦争で父親が徴兵され、苦労したようです。
そして、戦争が終わり、幸運にも父親は無事に戻ってきてくれて、安堵するも束の間、終戦の翌年1946年2月に今度は母親が病に倒れて32歳の若さで亡くなってしまいます。
父親、継母が毒親
いつも可愛がってくれた母親が亡くなってしまい悲しんでいる田村さんをよそに、その年の1946年11月、父親は浮気相手と再婚されます。戦争から帰還して早々浮気していたことにも驚きですが、父親の切り替えが早すぎで田中さんの気持ちが整理できないですよね。
当然、田村はつゑさんは継母に懐かず、継母も田村はつゑさんを可愛がらず、疎まれるようになり、その結果、田村はつゑさんは10歳から学校に行かせもらえず、働くことを強要されて、畑仕事や子守など、さらには魚屋に奉公に出され、子供の頃から朝から晩まで働かされます。一度は、学校の先生が奉公先に掛け合ってくれ、学校に行けることになりましたが、継母から強いられていた赤ちゃんの子守をしながら授業を受けることはできず、学校を諦めてしまいます。
そんな田村さんに父親と継母は感謝することもなく、さらに追い討ちのように奉公先の魚屋から給金の前借りをし続けていき、子供時代に味わえる普通の楽しみなど当然なく、学校にも行けなかったため、読み書きはひらがなのみだそうです。
田村昇三さんとの結婚
17歳から奉公先は機織りとなり、相変わらず父親と継母に給金を前借りされる有様で、朝から晩まで働いていた田村さんが自由に使えるのはお金は月200円のみだったようです。
そんな田村さんの唯一の楽しみはそのお金で映画を見ることで、この趣味がきっかけとなり、旦那さんとなる田村昇三さんと出会い、1957年の21歳のときに結婚し、後に3人の子供に恵まれます。
なお、毒親の父親と継母は結婚後もお金を無心にくる有様で、田中さんは彼らのためにパートを4つ掛け持ちし、自分にはお金をかけなったため、同僚から服装など馬鹿にもされたようです。
夢であった修学旅行の実現!原付バイクで日本一周
田村はつゑさん58歳、原付カブで
日本一周🇯🇵👏 pic.twitter.com/O3b3yalcNq— ROUTE66(ミルクムナリ) (@3VZBORF2dmQz21g) January 11, 2020
自分のことは後回しにしていた田中さんは学校に行けなかった過去からどうしても修学旅行が行きたいという夢がありました。43歳から始めた日曜日の結婚式場での仲居の仕事で得たお金を郵便局に内緒で少しずつ積み立てるようになり、15年間で300万円貯め、そして、育児が落ち着いた58歳のタイミングで家族や友人に「原付バイクで日本一周の旅に行きたい」と告げます。最初は反対する旦那さんでしたが、「どうしてもダメと言うなら、離婚してくれ」と訴える田村さんの本気度に折れ、最終的には退職金から100万円せお餞別に渡し、さらには子供や友人からも餞別100万円を渡され、合計500万を持って104日間かけて47都道府県を周り楽しんだようです。出川さんもびっくりですね。そして、興味深い旅先のエピソードが3つあったのでご紹介します。
・原付バイクで高速道路を走行
字が読めなくて、高速道路を原付バイクで走ってしまったようです。迷惑な走行をしていないにも関わらず、トラックがクラクションを鳴らして注意していると思っていたところ、料金所で注意されて気付いたようです。何事もなくてよかったですね。
・人に優しくしてもらえた。
福岡でホテルが見つからなくて困っていたら「うちに泊まりなさい」と助けてもらったそうです。そこで「人に喜んでもらえることがしたいな」と改めて思い、食堂をやるきっかけ、原動力にもなったそうです。
助けてもらった人にお礼したくても知っている情報は苗字のみ(”マンセイ”さん)でずっと再会できなずにいたが、今回の番組出演がきっかけで感動の再会を果たします。ちなみに苗字は満生(まんしょう)さんでした。
・余った300万円を全て寄付
結局300万余ったようで旅先で雲仙普賢岳噴火の基金などいろんなところに寄付したようです。
食堂「はっちゃんショップ」のオープン
日本一周から帰宅後、しばらくして62歳のタイミングで長年続けたパートを辞めて、のんびり過ごすかと思いきやまだまだ働くことを考えており、「働きたいけど、雇ってくれるところがないかもしれない」と心配してしまうほど。そして、10代の時に働いていた魚屋でお総菜を調理していた経験を活かし、自宅の物置を改装して総菜屋をオープンします。
そのうち、お客さんからの要望があり、食堂化すると、田村はつゑさんは「はっちゃん」と呼ばれて親しまれ、大人気店となったようです。『はっちゃんショップ』の営業体系は以下であり、お客様が来れば来るほど赤字になるようで、毎月7,8万くらいの赤字は年金から補填しているようです。
・500円で食べ放題
・おかずの残りが少ない場合は300円
・小学生以下はの子供は無料(県外の人もたまに無料にすることも。。。)
田村さん曰く貯めるつもりがないからやっていけるし、何よりもお客様が喜んで帰ってくれるだけでモチベーションなり続けられるようです。そして、田村さんの壮絶な人生を通して「奉公先で苦労したこと」、「57歳で日本一周した際に、現地の人に助けられたこと」により、人には親切にするべきだという理念のもとやっているため、いつも元気に楽しくされているようです。
田村はつゑ(はっちゃん)の家族
田村さんは3歳年上の田村昇三さん(現役時代は鉄工所勤務だったようです。専業主婦にはなれなかったようです。)と結婚し、3人の子供(男2人、女1人)に恵まれ、今では孫6人、ひ孫6人だそうです。幸せそうですね。
旦那さんの浮気(愛人は6人)
実は旦那さんすごくモテたそうで、不倫には苦労し、なんと愛人が6人もいたそうです。父親に続き、旦那さんまで不倫するなんて辛すぎですね。
でも田村さんは以下のようにコメントしており、自分を責めていたようです。
「心の中では もう何十回も 別れているけど、自分が至らないから、自分がお父さんを大切に出来ていないから、女持たれるんだな」
そして、旦那さんが80歳で亡くなる最期、泣きながら田村さんに今までのことを謝ったそうで、それで全てを許したようです。
田村はつゑ(はっちゃん)の食堂「はっちゃんショップ」
この投稿をInstagramで見る
店名 | はっちゃんショップ |
---|---|
住所 | 群馬県桐生市相生町2-1024-3 |
電話 | 0277-52-8346 |
営業時間 | 11:30~売切れ次第終了 |
定休日 | 日曜日 |
駐車場 | あり(11台可能) |
『はっちゃんショップ』は、毎日、田中はつゑさんが作った日替わり家庭料理約20品が提供される食堂で、時間無制限食べ放題というルールになっています。ボリュームのみならず、味も美味しいので、県外からも多くのお客さんが訪れる人気店のようです。食べログの評価も3.30(2020年8月時点)となっています。
感染症の影響を受けた経営状況
緊急事態宣言後、2ヶ月お店を休んで2020年6月15日から一度は再開するもののお客はいつもの半分しか集まらず、料理も大量に余らせてしまい、お店に活気が出なくて田村さんの気持ちが晴れない日々が続きます。だんだんと客先も戻りつつあり、福岡の恩人である満生さんが激励にお店を訪れてくれ、また5年後の再開を約束し、新たなモチベーションをチャージしたようです。無理しない範囲で田村さんには頑張ってほしいですね。
まとめ
今回は田村はつゑさんのプロフィールと壮絶な経歴、そして自身が経営されている赤字覚悟の500円食べ放題の「はっちゃんショップ」についても紹介しました。
いかがだったでしょうか。田村さんの壮絶な人生で得たものが全て詰まっている「はっちゃんショップ」は田村さんが元気な限り続けていってほしいですね。最近では田村さんの考えに同調した方やご友人がボランティアで手伝ってくれるようで、田村さんの人柄の良さも伝わりますね。
感染症の影響でお客が激減しているようですが、お店を存続させるのかどうか今回のザ・ノンフィクションで明らかになると思いますので、放送後に更新します。
コメント